【よっちゃばれ広場@甲府市】

公園・美術館・博物館などの施設

「よっちゃばれ」は甲州弁で「集まれ」の意味です。甲府駅北口にある広場で、様々なイベントに活用されています。

また甲府駅南口には武田信玄像がありますが北口には甲府開府の祖、武田信虎公の銅像があります。甲府の町が出来て500周年を記念して甲府商工会議所が2019年に制作、甲府駅北口に設置しました。

武田信虎は武田信玄の父親ですが、信虎が家督を継いだ頃は甲斐国は国衆という地方豪族が強い力を持っていました。甲斐国は分裂状態で平安時代から続く甲斐源氏の名門武田家は風前の灯火でした。信虎はこの状況を打破し、戦って戦って戦い抜いて国衆を従属させて、武田の元に甲斐国を再統一します。ところが、これがかなり強引なやり方で、更に軍事費捻出の為に領民に重税を課したので非常に評判が悪かったと言われています。

しかし最近の研究によると、信虎の悪行を記録した一次資料というものが殆ど存在しない点から、信玄を美化する為に後年創作されたものではないかという説が唱えられています。改めて考えてみると、信虎が甲斐国の首都として甲府を作り甲斐国を平定していたからこそ、武田信玄は家督相続後すぐに信州に目を向けることが出来ましたし、甲府市は現在も山梨の県庁所在地です。信虎の功績は決して小さいものではありませんでした。

甲府駅北口、よっちゃばれ広場周辺

Canon EOS RP , Canon RF24-105mm F4-7.1 IS STM( 105mm ) , 1/200 , F7.1 , ISO100

甲府駅北口で目を引くのはやはり武田信虎公の銅像です。菩提寺の大泉寺が所蔵する自身の息子に描かせた肖像画がベースとなっており、信玄が死んだ後の晩年の姿をイメージしています。南口の信玄像より若いと違和感があるので、晩年の姿になったのではないかと思われます。

Canon EOS RP , Canon RF24-105mm F4-7.1 IS STM( 24mm ) , 1/800 , F5 , ISO100

藤村記念館です。元々は甲斐市(旧睦沢村)の小学校であったものを取り壊すには惜しいとして武田神社境内に移設。それを更に2010年に現在の場所に移築したものです。

名前の由来となっている藤村紫朗は山梨県の初代知事。「藤村式建築」という擬洋風建築を推進しましたが老朽化による建て直しや戦災などで多くが失われ、現在残っているものはとても貴重らしいです。

Canon EOS RP , Canon RF24-105mm F4-7.1 IS STM( 24mm ) , 1/80 , F11 , ISO100

復元された甲府城の山手御門です。甲府城は山梨県民には「舞鶴城」と長年呼ばれてきたのですが、舞鶴城という名前の城が日本全国に複数存在することから、最近では甲府城という名前で呼ばれることが多くなりました。

元々は躑躅ヶ崎館の支城のひとつであった一条小山城を豊臣秀吉家臣の浅野長政が大改修して甲斐国支配の拠点としたものです。江戸幕府にも甲府城は引き継がれ、城主であった徳川家宣は6代目将軍になっています。

Canon EOS RP , Canon RF24-105mm F4-7.1 IS STM( 35mm ) , 1/200 , F11 , ISO250

甲府駅北口には甲州夢小路というものもあり、明治〜昭和初期をイメージした建物が並びます。なお昔からあったのではなく、近年になり作られたものです。

甲府駅を跨いで甲府城を見る

Canon EOS RP , Canon RF24-105mm F4-7.1 IS STM( 24mm ) , 1/60 , F11 , ISO100

線路を跨いで奥には甲府城の石垣が見えます。現在の山梨県は過疎化が止まらない田舎県ですが、昔むかしは金(甲州金)が採掘出来たことから要所とみなされていました。桃鉄にも甲府に「隠し金山」なんて物件がありますよね。なので甲府城の縄張りはとても広く、山手御門は甲府駅の北口側、甲府城本丸は南口側にあるといった状態になっています。

地図

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